会いたい気持ち
はっちゃんに会いたい。
会いたいと強く思っているのに、会えない。
組が違うって難儀なことだ。けど四六時中くっついていたいわけじゃない。
一緒にいたいときに一緒にいる、それでいい。
だけどそういう、一緒にいたいときに限ってなかなか会えない。
授業があったり、委員会があったり、野外実習があったり、学園長におつかいを頼まれたり…。
最近ちっともはっちゃんに会えない。
食堂でも見かけないし、部屋に行ってもはっちゃんがいない。
同じ組の三郎と雷蔵にはっちゃんの行方を訊いても、大抵何かしらの用事があると返ってくる。
俺はそんな、はっちゃんを奪ってしまう用事が憎たらしい。
けどそんなことを言ったって仕方がない。
会いたい、会いたい。はっちゃんに会いたい。
「すげえ…!兵助が豆腐を箸でえぐってる…!豆腐を秘宝のように扱う兵助が…!」
「三郎…うーんでも…確かに珍しい光景かも…」
夕食の際、俺の目の前に座るろ組の名物コンビが俺の様子を見て言った。
言われて気付いてみれば、確かに豆腐を箸でえぐっていたようだった。
お豆腐様に申し訳なくて泣きそうになった。実際少し涙が出たけれど。
「…兵助、何かあった?」
雷蔵が不安そうに、心配そうに俺に尋ねてくれる。優しいなあ。
三郎は妬んでるのかどうか知らないけど若干俺を睨んでいる。
この俺が豆腐を粗末にするのだから、雷蔵がそう思うのは当然だ。
何かあった、なんて。何もないからこうなっているのに。
「どうせハチのことだろう」
三郎が呆れたように言った。俺は違いないのでその言葉に頷いた。
「…ハチ、今日もいないもんね…」
雷蔵が食堂内を見まわしながら言った。
今日もいない。昨日もいなかった。一昨日も、その前も、さらにその前も。
「今日は何だったか…ああそうだ、朝に学園長に呼ばれて、何か言付かって出かけていったな」
記憶を探るように顔を少し上向かせながら三郎が言った。
それに同意するように雷蔵が頷いた。
「最近、学園長からのおつかい多くないか?あいつ」
俺はようやく言葉を発した。
確か一昨日も、その前も学園長からのおつかいでいなかった気がする。昨日は虫脱走だったけれど。
「頼む方もハチになら頼みやすいんだろうよ」
「だよね。ハチは体力あるし責任感強いし、何より優しいから断らない」
三郎と雷蔵が続けて言った。
確かにはっちゃんは体力があって戦いは強くて、お人よしだから頼みを断らないしそれをちゃんと遂行する。
だけどそんなことは俺たちだって一緒だ。
はっちゃんに体力は劣るけれど、頼まれたら最後までやり遂げる自信がある。
何ではっちゃんだけ。何ではっちゃんだけがたくさんお使いを押し付けられるのか。
委員会の仕事や授業は仕方ないけれど、お使いなど行ってくれる人はこの学園に多くいるはずなのに。
はっちゃんもはっちゃんだ。1人で行かなくたって言ってくれたら一緒にお使いに行くよ、俺だって。
会えないからってこんなにも気持ちが沈んでしまう。
普段ならお使いのせいで誰かに会えなくても大変だなと思うだけなのに。
その誰かがはっちゃんの場合だけ、こんなに自分が駄目になってしまうなんて。
優秀と言われる俺だが情けないことこの上ない。
でもこの沈んだ気持ちは収まらない。
お使いとか、そんなのどうでもいいから、放っていいから。
会いたい、会いたい。はっちゃんに会いたい。
待ちきれないのなら行動を起こしてしまえ。
と、思ったので俺は夕食後、風呂にも入らないで学園の正門ではっちゃんの帰りを待つことにした。
いつまでもうだうだと会いたいという気持ちを抱え込んでいるのは嫌だ。
だから俺がここではっちゃんのことを一番に待ちかまえてやるんだ。帰ってくるまで、ずっとここで。
今日が晴れていてよかった。雨なら待ちづらい。
満月の半分くらいの月が俺の頭上で黄色く光っていて、それを星がぐるりと囲んでいるようだった。
それを眺めながら、はっちゃんのことを思う。
俺が誰かのためにこんなことをするなんて、きっとはっちゃんにだけだ。
そのくらい愛せる人など未来には決して現れない。
はっちゃんがすき。自覚した2年生のときからずっと。
あれ、自覚したのが2年ということはその前から無自覚にすきだったということか。
どちらにしろ、この心はそんな長い間はっちゃんのことを想い続けてきた。
だからこんなに長い間離れてしまったら、壊れてしまいそうだ。
早く帰ってこないかな。今日はもう帰ってこないのかな。俺はずっと待っているよ。
俺がそんなことを思い続け、どれほどの時が経ったのかは正確には分からない。
だけど月がだいぶ動いているので結構な時間が経ったのだろう。
俺は目を半開きにして眠そうにして待っていたのだけれど、人が近づく気配に目を見開いた。
さわ、さわと草を踏む音が近づいてくる。
あの人だ、あの人だ、あの人が帰ってきたんだ!
顔を思い切り上げて前方を見れば、思い通りの人がそこにいる。
灰色の傷んだ髪を夜風になびかせ、疲れたように顔を俯かせながらこちらに歩いてくる。
服も汚れている。大変な仕事をしてきたのだろうか。
俺は居ても立ってもいられなくて、駆けだした。
大きな声で名前を呼んであげたかったけれど、小さなイタズラ心が働いた、いきなり目の前に現れて驚かせてやろうというイタズラな気持ちが。
足音も極力抑えて、だんだん近づくはっちゃんに向かって一直線。
あと少し、というところでさすがにはっちゃんに気付かれた。
はっちゃんは俺の気配に気がついて、顔をゆっくりと上げてその瞳に俺の姿を捉えた。
俺ははっちゃんの顔が見れたことにまた嬉しさが募って、笑顔になる。
「はっちゃん!」
もう我慢ができなくて、はっちゃんが疲れているのにも構わずはっちゃん目がけて思いっきり抱きついた。
「兵助…!」
俺がぎゅう、と抱きついているとはっちゃんも俺の背中に手を回してくれた。
「はっちゃん、お帰り!」
「おう、ただいま」
彼の目を見ながら言ってやると、はっちゃんも満面の笑みで返してくれた。
「お疲れ様」
「さんきゅ。…兵助、もしかして俺の帰りを…」
「うん、待ってた」
俺が答えると、はっちゃんは一瞬驚いた顔を見せて苦笑した。
「寒かっただろう?」
はっちゃんが俺に尋ねながら頭を撫でてくれた。
「いいの、早くはっちゃんに会いたかったから」
それを聞いたはっちゃんは、嬉しそうに俺の頬にちゅーしてくれた。
ようやくはっちゃんに会えた俺は長屋へ向かう道すがら、はっちゃんに訊いてみた。
「はっちゃん、学園長のお使いってどこ行ってたの」
俺がずっと沈み込んでいた原因を思い切って尋ねた。
聞かれたくはないかもしれないけれど、俺にとっては大事なことだ。
内容が分かれば俺だって次から一緒についていけるかもしれない。
「あー、まあ、大したことじゃないんだけど」
はっちゃんは苦笑しながら教えてくれた。
「狼が、暴れてるとかで」
「狼?」
「そう、町の向こう側にある山、あるだろ?あそこで最近狼が暴れて山に入った人間に手出しするんだと」
確かに町から少し行った先には大きめの山がある。あそこに狼なんていたのか。
「それで町の人が危ないからって学園に助けを求めてきたんだ」
山に入らなければいい話ではあるがそうはいかない。薪を拾ったり山菜を採ったり、山に入らなくてはできないことだってある。
町の人にとって山は生活の一部だ。そこで狼に暴れられたらそれは大変な話だ。
「先生よりも、俺の方が狼の扱い上手いからって俺が狼を何とかする役目を任せられたんだ」
だから、ここ最近町の人と協力して罠を張ったり狼を山奥深くへ追いやったりしていた、と。
狼を退散させるのも1日や2日ではできない。一旦追いやってもまた戻る。
そのため彼らが完全に諦めるまで何日も狼と対峙していたという。
「俺以外のやつだと危ないから、委員会の奴らにも頼まなかったんだ」
それが、俺たちが今まで会えなかった理由。
はっちゃんは一生懸命、怖い狼と戦っていたのに俺はお使いにまで妬いて会いたいと嘆くばかりで。
でも会いたかったのは本当なんだ。
会いたくて、会いたくて。はっちゃんに会いたくて。
「けど、今日でそれが終ったんだ!だからお使いはおしまい!」
そう笑いながら言うはっちゃんが愛おしくて愛おしくて。だいすきで仕方がない。
俺はまたはっちゃんに抱きついた。彼の胸に顔を押し付けて。
「兵助、どうした?」
はっちゃんはまた俺の頭を優しく撫でてくれた。
誰も傷つけないように1人で危ない狼と戦うはっちゃん。
優しくて、強くて、もう本当に、だいすき。
「はっちゃん…」
「ん?」
「…はっちゃんが、帰ってきてくれて、よかった…」
「…うん」
俺はひとつ息をついてから言った。
「はっちゃん、すき」
「うん、俺も」
そう言われて胸が高鳴る。何度も言われ言った言葉なのに。
「だからさ、もう、1人で勝手にどこかに行かないでよね」
俺が少し不満げに言うと、はっちゃんは少し笑って、俺をぎゅうっとした。
「ごめんな、約束するから」
そしてはっちゃんは、約束の印のつもりか俺にキスをした。
会いたい気持ちと会えた嬉しさがぶつかって俺のなかで愛になってはじけていく。
こんな気持ちを抱けるのは世界で、永遠の時の中で、ただ一人。
竹谷八左ヱ門、君だけだよ。
END.
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甘い竹久々竹。
この2人はナチュラルにいちゃいちゃするバカップル(笑)
そしてどうしてもはっちゃんと狼を絡ませたいんです…!
うちの兵助ははっちゃん大好き。はっちゃんも兵助大好き。
…本当にバカップルだ…だがそれがいい!