はっぴーはっぴーくりすます!
☆文伊の場合☆
長次に聞いた。何でも今日は「聖なる夜」らしい。
僕は「聖なる夜」なんて言葉は初めて聞いた。
だから「聖なる夜」が何なのかも知らなかった。
長次によると、「聖なる夜」とは異国の宗教の創始者とも言えるべき人物の誕生日で、それを祝う日なのだそうだ。
異国には僕の知らないことがまだまだたくさんあるのだなと思った。
そしてその日はなぜか、「恋人の日」でもあるという。
宗教と誕生日と恋人がどうして結びつくのか僕には分からないけれど、とにかくそういう日らしい。
その夜は恋人同士で過ごすことがよしとされており、贈り物をあげるのがなおよし。
永遠の愛を誓えばその夜はいっそう素敵なものになるともいう。
ふぅん、と、僕には聞き流すことはできなかった。
僕に恋人がなければ聞き流しただろうけど、僕には愛しい人がいる。
「聖なる夜」、またの名を「くりすます」。
長次の言うことが全部真実かどうかは分からないが、それでも信じてみたいと思った。
女の子が喜びそうな行事ではあるけれども、僕らだって立派な恋人同士なんだしこういう行事を楽しんでもいいと思う。
最近は年末の委員会の仕事や授業で忙しくて、二人でゆっくり過ごすことも少なかったから。
これをきっかけに、二人きりでのんびりできたらいいなあ。
さすがに、贈り物を用意するような時間はなかったけれども。
僕は今夜の予定が何もないことを確認して、文次郎がいると思われる長屋の部屋に向かった。
「文次郎、いるー?」
僕が部屋に向って呼びかけても返事は返ってこなかった。
いないのかな。また修行に行っちゃったのかな。
僕がまた後で来ようかそれともここで待とうか迷っていたら、不意に誰かが近づいてくる気配がした。
「…伊作?」
気配の正体は文次郎だった。
修行帰りなのだろうか、手拭いを肩に担ぐようにして手にしていた。
「どうした、何か用か?」
文次郎が僕に訊く。
ああ、この人は今日が「聖なる夜」だなんて知らないんだろうな、と、僕はふと思った。
「用事っていうか。君が暇なら、たまには一緒にゆっくりしたいなー、なんて…」
僕は少し恥ずかしくなりながらも文次郎に伝えた。
それを聞いた文次郎はちょっと照れたように顔をうつむかせて、自室の扉を静かに開けて、僕に中に入るようにうながした。
それに従い中に入ると、文次郎が座ったので僕も適当なところに腰を下ろした。
「そういえば仙蔵は?委員会?」
文次郎と同室の仙蔵がいないことが不思議になった僕は文次郎に尋ねてみた。
「知らねぇ。委員会かもしれないし、どっかで油売ってんのかもしれないし…」
文次郎はどこかあきれたように言った。
「そっか…。ねえ、今日が何の日か知ってる?」
「今日?何かあったか?」
文次郎は少し考えていたけれど、それでも何も思い当らなかったらしく考えるのをやめてしまった。
やっぱり知らないんだ。そう思うと僕は、何だかわくわくしてきた。
相手が知らないことを僕が教えてあげるということは気分がいいものなのだ。
「あのね、長次に聞いたんだけどね、今日は「聖なる夜」なんだって。『くりすます』ともいうんだって、長次が言ってた」
「へえ。で、何をする日なんだ?」
名前を聞いただけでは、文次郎はあまり興味がなさそうだった。
「えっと、異国のある宗教を作ったとも言われる人が生まれた日で、それを祝う日なんだって」
「宗教?別にその宗教の教徒でもないんだろ?何で祝わなきゃならねぇんだ?」
文次郎はいかにもめんどくさそうに言った。やはり興味がないのだろう。
「まあ、僕もそう思うんだけどね。でもね、それ以外の目的もあるんだよ。宗教とか、全然関係ない目的が」
「それ以外?」
「うん。何かね、恋人の、日でもあるんだって」
僕は急に恥ずかしさが込み上げてきて、少したどたどしい言い方になったしまった。
文次郎がどういう反応をしているのか気になるけれど、僕は文次郎の顔が見れずに床に視線を向けたままだ。
「一緒に過ごしたり、お出かけしたりするって」
僕は沈黙を作ってしまうことが怖くて、話を続けた。
「最近、お互い忙しくてあんまり会えなかったから。だからそんな『恋人の日』くらいは、一緒にいたいかな、なーんて」
「……」
「だから…ここに、来ちゃった」
照れ笑いを浮かべながら、僕は思い切って文次郎の方を向いた。
文次郎は何も言わないままだけど、雰囲気からして怒ってはいないようだ。
そのことに、とりあえずは安心する。
「…伊作」
文次郎が急に僕の名前を呼んだ。僕は驚いて文次郎をじっと見た。
「まあ、その…出かけたりは、今からじゃできねぇけど…一緒に、過ごすくらいなら今すぐにできるから」
文次郎はそう言ってすぐにうつむいてしまった。文次郎も照れている様子だった。
彼がが言いたかったことは僕にも分かった。
だから、今日は一緒にいようと、そういうことだ。
「うん」
僕はうれしくなって文次郎のそばに寄った。
今年は一緒にいること以外、特別なことは何もできなかったけれど。
「聖なる夜」を知ったこれからは、もっと特別な、素敵なことができるのだろう。
来年はどこかへ出かけてみようか。
そう思う僕がいる部屋の外では、真っ白で冷たい雪が降り始めていた。
☆長仙の場合☆
「おお、見ろ長次!外は雪だぞ!」
共に自分の部屋にいた仙蔵が窓から外を見た途端に声を上げた。
「積もったらいいな、雪かきは面倒だがな」
寒いのが苦手なのに、どうやら雪は好きらしい。
次から次へと降ってくる雪を見ては、仙蔵はうれしそうに笑った。
「幻想的だな、何か。「聖なる夜」に白い雪が降るとは」
仙蔵は自分のそばに戻りながら言った。
仙蔵が言うとおり、今日は「聖なる夜」の日だ。仙蔵に数日前、そういう日があることを自分が教えた。
すると彼は「ではその日は長次の部屋に行く!」と言って、それで今日、自分たちはここに共にいるのだ。
ちなみに自分と同室である小平太は委員会でここにはいない。
この空間は、今だけは自分と仙蔵だけのものだ。
「こうしてたった二人でのんびりするのも久しぶりだな」
仙蔵が自分の隣で優雅に足を伸ばして座りながら言った。
確かにこうして会うことも久しぶりだ。
年末に近いために授業も委員会も大変になっていたから。
こういうひとときが設けられて、素直にうれしいと思う。何より、今日のような日に。
たまたま見つけた本に載っていたのは異国の祭りごとを紹介する本で、それに今日の「聖なる夜」のことも書いてあったのだ。
きりすと、といっただろうか、そういう人が生まれた日であり、言わば今日は誕生祭。
しかしいつからかそれは恋人たちのための日にもなったらしく、今では恋人たちにとって「聖なる夜」は欠かせない行事なのだという。
恋人たちは今日どこかに出かけたり、互いに贈り物をして愛を深めるとかなんとか。
自分にも恋人と呼べるような人物が一人いたために、「聖なる夜」に興味を持った。
でかけたり、何かをあげたりすることはできなさそうだけど、こうして一緒にいるくらいならばできると思って、だ。
そう思い仙蔵に今日のことを伝えたら、はからずも仙蔵もうれしそうに自分の部屋に来てくれると言ってくれた。
うれしかったけれど、それをうまく表情に表わすことができない自分は相変わらずどころか不機嫌そうな顔だけれど、それでも仙蔵は喜んでくれているから。
「こうやって、静かな夜を長次と共に過ごせるのは素晴らしいことだよ」
いつもは周りがうるさいから、と仙蔵は笑いながら言った。
仙蔵は自分にうれしいことを言ってくれるが、自分は仙蔵に何も言ってやれない。
それを情けないとも思うし、歯がゆくもある。
けれど自分の気持ちを素直に言葉にして伝えることは難しくて。
ならばと思い行動に移してみるのだ。
「仙蔵」
彼の名を静かに声に出した。
仙蔵は長い髪を揺らめかせながら自分に顔を向ける。
「何だ?」
そう訊く仙蔵の肩をそっと自分の方に抱き寄せて、少しだけ仙蔵の顔を見つめてそれからそっと口付けた。
仙蔵を放したら、彼は顔を真っ赤にしながら驚いたように自分を見ていた。
いつもは冷静な仙蔵が、自分の手によってこんな風に顔を赤らめたりすることがうれしい。
自分のものだと、はっきり分かるような気がして。
仙蔵はまだ頬を赤く染めたまま、再び自分に近づき。抱きついてきた。
赤に染まった顔を見られまいと、仙蔵は顔をこの自分の胸に埋めるようにして、自分の服をぎゅっと握っていた。
ふ、と、自分の顔がほころんだのが分かった。
宗教とか誕生祭とかはよく分らないけれど、こうやって恋人のための日があることは結構いいことだなと思う。
来年もまた、こんな一日を過ごせたらいい。
窓の外を見ると雪はまだ降り続いていて、ますます寒くなりそうだとは思うけれど、こうやって2人でいるなら寒くはないかもしれない。
はっぴーはっぴーくりすます!
END.
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ハロウィンが5年生だったから今度は6年生でクリスマス。
小平太と食満は出てないけれど(笑)
時代が時代ゆえにクリスマスと絡めづらいのが難点だorz