跡
※微裏ですのでご注意!
マツバはハヤトに跡を残すことが好きだ。
情事の最中でもそうでないときでも、首筋やらうなじやらに跡を残した。
ハヤトは、見える所に付けるな、と怒ったけれども、見えない所に跡を残されるのは構わないらしかった。だから服や髪で隠れる場所にマツバが跡を残すことは拒まなかった。
マツバはハヤトに跡を残したがる。
少々ハヤトが痛がったって、マツバは止めなかった。
誰にも邪魔されない空間に2人はいた。
そこはマツバの自宅の、マツバの寝室でここには誰も立ち入らない。
今は夜も深くなった頃なのにその部屋には明かりが灯っていなかった。月明かりだけで充分だった。
2人はたった1つの布団の中にいて、互いに何も身にまとわぬまま抱きあっていた。
別に今は情事を行っているわけではなかったけれど、2人とも眠ってはいなかった。
ただ抱きあって、何の音もない暗い世界の中で互いへの愛を触れあっている場所から相手に流し込んでいた。
もう数十分ほどそうしていたのだが、やがてマツバが顔をハヤトの首筋に近づけた。
「マツバ…?…っ」
近づけて、そしてハヤトの首筋に歯を立てた。
そこは普段は服に隠れるような場所だったから、ハヤトも拒まなかった。
「ぅあっ…あぁ、ぁんっ…」
吸われたり、舐められたり、少し噛まれたり。
何度もそんなことを繰り返したそこには、マツバが退いた後には赤い跡が残っていた。
マツバはそれを見て満足そうに微笑んだ。
「ハヤト君、綺麗だよ」
ハヤトの髪を手で優しく梳きながらマツバは言った。
「……綺麗じゃないよ」
頬をりんごのように赤く染めたハヤトが小さい声で言った。
「(いいや、綺麗だよ君は。君は綺麗なキャンバスだ。何も描かれてなくて、真っ白で綺麗。そこに僕が絵を描いていくんだ。何度でも何度でも。綺麗なままの君の上に、僕の絵が幾重にも重なって、そうしたら君は嬉しそうに笑ってくれるんだ。)」
口では言わないけれど、マツバは内心でそう思っていた。
マツバがハヤトに描く絵は決まって“愛”だ。“愛”という絵を何度もハヤトに描いて、重ねていくたび前に描いた“愛”もハヤトの中に染み込んでいっている気がするのだ、マツバには。
それをハヤトの方でも分かっていて、ハヤトはマツバにそうされることが嬉しくて、だから笑う。本当に嬉しそうに。
跡は絵を描いた証なのだ。だからマツバはハヤトに跡を残す。
今日もまた、君への愛を贈ったのだ、と。
跡を残す行為が痛くないのか、とマツバはハヤトに尋ねたことがあった。
その際、ハヤトはこう答えた。
『痛いときもあるよ。でもいいんだ。痛いからって止められるより痛くたってお前に触れてほしいから』
マツバはその答えに涙が出そうになるほど喜んだ。
ハヤトに求められることが嬉しかったのだ。
そういったこともあって、マツバはハヤトに跡を残すことを止めないのだ。
消えそうになったら、また跡を付けて、ずっとそれを繰り返している。
自らの愛を捧げた証としての跡はときに独占欲の象徴にもなる。
できればこの跡をみんなに見せつけて、ハヤトは自分のものだと主張したい、とマツバは思っている。
けどそんな行為はハヤトに嫌がられるのでマツバはしない。
ハヤトが嫌だと言ったことはマツバはしない。嫌われたくないから。
だから今日も、跡はマツバがハヤトを愛している証としてハヤトの身に刻まれていく。
数えるのも億劫になるほど、いくつもの跡がハヤトに残された。
ハヤトも、マツバの胸元に猫のように噛みついてそこに跡を残した。
2人で誰にも何にも邪魔されないで互いに愛の証を刻み込む。
跡を付けて、顔を見合わせて、微笑んで、キスをした。
幸せすぎて2人の胸が痛んだ。
マツバはハヤトの長い前髪をそっとかきあげて、隠されたコバルトブルーの美しい瞳を見つめた。
「(こんな綺麗な目に、僕が映っている。そしてこの綺麗な目を通って、僕はハヤトの中に流れていくんだ)」
そう思うと嬉しくてたまらなかった。ハヤトの中にマツバという人間が意識されていることがひどく嬉しかった。
すきで、すきで、すきすぎて。
だからこんな、ハヤトの言動の何もかもに喜びを感じるんだ。
それはハヤトも思っていることだった。
自分を見つめる紫の瞳に、跡を残してくれる唇に、優しく撫でてくれる手に、囁くように放たれる言葉に、マツバがくれる全てを受け止めて喜んだ。
「(いつだって素直に、お前にすきだって、愛しているって言いたいのに)」
分かっていてもできないそれができないことに、ハヤトは歯がゆさを感じていた。
「(そうしたら、マツバは今よりもっと喜んでくれるだろうに。不安も感じさせずに済むのに)」
ハヤトは自分をそう責めたけど、それでもマツバは変わらずハヤトを愛する。
「(甘えてるだけだって、分かってる)」
全部分かっているのだ、ハヤトは。それでもすきだとか愛してるだとかなかなか言えない。
だからハヤトもマツバに跡を付ける。
すきだよ、愛しているよ、と強く想いながら。
いつかマツバが飽きるくらい、素直に気持ちを伝えられるようになるから、と心に決めながら。
「ハヤト君」
マツバが真っ直ぐにハヤトを見つめながら言った。
「すきだよ」
ハヤトはいつものように答える。
「俺もだよ」
夜はまだ明けそうにない。
誰も邪魔されない、2人だけの空間。
跡以外にも愛を感じられることをしようか。
2人ともそんな言葉は言わなかったけれど、互いの目がそう物語っていた。
だから2人は、それから2人だけの愛の行為に溺れ始めた。
END.
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跡を残すことにやたらこだわるマツバさんを書きたかった!
ハヤトはツンデレなので「すきだ」とか「愛している」とか言えないんだと思います。
いつか言わせます(いつかかよ