悪戯









「うう…マツバ、絶対手離すなよ!絶対だからな!」
「うん、分かってるよ」
僕たちは木が鬱蒼と茂る森の中を2人きりで歩いていた。
用事で出かけていたのだけれど、すっかり日が落ちてしまった。
とりあえずここからだとエンジュが近いから、2人して僕の家に戻るところってわけ。
ハヤト君のポケモンで空を飛べればいいんだけど、昨日再戦申込者とバトルしたらしくて、今日はポケモンはポケモンセンターで休ませているらしい。
だから今日ハヤト君は「そらをとぶ」も覚えていないホーホーしか連れていなかった。
僕はポケモンを持っていても空は飛べないし。
そんなわけで僕らは月の明かりも届かないほど暗い森の中を歩いている。
ハヤト君は若干鳥目で、暗い中を歩くことは苦手なんだと。
加えてお化けの類も好まないらしい。
僕は大好きだけどね。暗闇もお化けも。
それゆえハヤト君は僕の腕にしっかりしがみつきながら歩いている。
歩きにくいけどそんなこと全然嫌とも苦とも思わない。
ハヤト君が僕を頼ってくれている、それが充分伝わるから嬉しくてたまらない。









そんな感じで僕らは歩いていたんだけど、僕の心には悪戯心が芽生え始めていた。
僕に掴まって必死に歩くハヤト君とは違って僕には余裕があるからね。
ハヤト君は、こんなとき僕が急にいなくなったらどうするんだろうね。
さっきから僕はずっとそんなことばかりを考えていた。
今はハヤト君の隣に僕がいるからハヤト君は僕を頼っているけど、僕がいなくなったら?
そんなことになったらこの子は僕を求めるだろうか。それとも別の誰かを求めるだろうか。
だから僕は悪戯してみようって気になったんだ。
僕って本当嫌なやつだよね。
「ハヤト君、ねえ、後ろにさ…」
僕はそう言って後ろを振り向いた。
「え…何…?後ろ…?」
ハヤト君も僕につられて恐る恐る後ろを振り向いた。
そのすきに僕はそっと腕をハヤト君の手から放して、近くの木々の中に身を隠した。
そして木々の間からハヤト君の様子を伺った。
「…?あれ…マツバ…?」
僕が手から放れたのが分かったハヤト君はすぐに焦り出した。
今は夜で真っ暗だから、辺りを見回したくらいでは僕は簡単には見つからない。
「やだ…嘘でしょ…?マツバ…マツバっ…!」
辺りを必死に見回しながら僕の名前を呼ぶハヤト君。
そりゃあ、いなくなってすぐは僕を探すよね。
問題はそれが持続するかどうか。
ハヤト君はいくら名前を呼んでも僕が現れないことに気付いたのか、どこか絶望したように何も言わなくなって、力なく俯いてしまった。
何も頼るものを失くしたハヤト君はとても弱々しい。
普段はハヤト君自身がすごく頼れる立派な人なのに。
「何でいきなり…いなくなっちゃったんだろう…」
か細い声でそう呟いて、ハヤト君は地面に手をついて座り込んでしまった。
「やだ…マツバ…マツバっ…!」
僕が姿を消して時間が経っても、ハヤト君は僕の名を呼び続けている。
体は震えていて、今にも泣いてしまいそうだ。かわいそうに。
視界が利かないから歩きだすこともできないで、その場に座り込んだまま。
誰か他の人の名前を呼ばないだろうか、僕にはそれが一番の気がかりだった。
しかし僕が想像していたのとはまったく別の行動を、ハヤト君はとった。
「…だ、だめだ……探さなきゃ、俺が、マツバを…」
ハヤト君がゆっくり立ち上がった。
僕は驚いた。僕は、ハヤト君が誰を頼ってその名を呼ぶのかだけしか考えてなかった。
それなのにハヤト君は、暗闇を進めないのに、お化けも怖いのに、その中を僕を探して動く。
「マツバっ…マツバ…!どこだ、マツバぁっ!」
泣きそうな目を一生懸命こらして、手当たり次第によろよろ歩いて、僕の名を呼び続けるハヤト君。
自分の恐怖や苦手なんか、僕の二の次だとでも言うように。









僕はなんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。
悪戯、なんて。ハヤト君を試すような真似をして。
ハヤト君が僕をすきなことなんて分かり切っているのに。
その証拠に、ハヤト君はあんなに必死に僕を探してくれている。
もうこんなこと止めなくちゃ。
早くハヤト君の所に行かなくちゃ。
そしてごめんって謝らなくちゃ。
「っ!?あれはっ…!」
しかし僕が出て行こうとしたとき、ハヤト君の頭上に浮かぶものがあった。
黒くて、紫の煙のようなものをまとう…ゴースだ。
ひょっとしてハヤト君を襲おうとしているのだろうか。
まずい、ハヤト君はお化けの類が苦手なのに…!
「マツバっ……、あれ…?何?何か上に…」
ハヤト君もゴースに気付いて頭上を見上げる。
そしてその姿を認めた瞬間、ハヤト君の表情に一気に恐怖が走った。
「ハヤト君っ!!」
僕は大急ぎで飛び出し、ハヤト君の元に駆けつけた。
「っ!マツバ…?マツバっ!」
ハヤト君は一心不乱に僕へと両手を伸ばして飛びついて来た。
相当怖かったようだ。僕の背中に回る手が震えている。
ゴースは僕が現れてハヤト君を襲えなくなったことを断念したのか、そのまま暗闇に消えた。
僕は震えるハヤト君の体を強く抱きしめた。
「ごめん、ごめんねハヤト君…本当に、ごめん…!」
何度謝罪しても足りないくらいだ。
軽薄な僕の気持ちでハヤト君をすっかり怖がらせてしまった。
ハヤト君の気持ちを試すようなことまでしたのに。
だから僕は何度もごめん、と繰り返した。
「マツバ、マツバは悪くないよ。いきなりいなくなってびっくりしたけど、でも、帰ってきた、だから」
謝罪を繰り返す僕に、ハヤト君はまだ恐怖の消えない小さな声でそう言い続ける。
「ごめん、僕は手を放さないって言ったのに」
「いいよ、もう。俺が弱いのが悪いんだ。1人になったくらいで動揺して、お化けも怖くて…」
僕が全て悪いのに、ハヤト君は自分を責める。
どうしてこの子はこんなにいい子なんだろう。
すきだ、ハヤト君が。どうしようもなく。
1人にしてごめん。手を放してごめん。気持ちを試してごめん。
今の僕に言えるのはそれらと、あともう1つ。
「もう2度と手を放さないから…ずっとそばにいるから」
それを聞いたハヤト君は安心したのか、僕の顔を見てぎこちなく微笑みながら頷いた。









それから僕らはまた手を繋いで歩きだした。
もう僕の心の中に悪戯心は芽生えない。
ハヤト君が懸命に僕の名前を呼び続けたこと、僕を探してくれたことを胸に焼き付けた。
僕は彼に頼られているんだ。
だから僕はもう、あんな悪戯などしないようにもっと大人にならなくちゃ。
すきな人を二度と怖がらせないように。





END.







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マツバはSだ!(言い切った
そしてハヤトは暗いのと怖いのがダメだったらいいなという妄想でしたw
ハヤトだってちゃんとマツバを頼りにしているのですよ。